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まさとの人生満喫計画

アメリカ北西部、ワシントン州に住んでいる日本人大学生まさとの日常を呟いていきます。シアトルを筆頭にワシントン州の素晴らしいところや海外にいることで感じることを気ままに配信していきます。

3/11 東日本大震災から6年が経ち。。

どうも!まさとです!

今日は3月11日。僕の住む日本では東日本大震災から6年が経ちました。

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日本の歴史を見てみると関東大震災阪神大震災熊本地震などいろいろな場所で大きな地震が置いています。僕は幸福なことに一度も大地震を経験したことがありません。

阪神大震災は当時はお母さんのお腹の中にいました。)

 

ですがこの東日本大震災には思いいれがあります。一つは原発問題の問題になった地震であるため。この地震のために世界で福島の名前は悪い意味で有名になってしまいました。アメリカにいて僕が日本人であることを伝えると未だに

 

放射能

 

について質問されることがあります。放射能は目に見えずまた停滞する期間も長いと言われているので心配するのは普通ですが僕の大好きな日本が

 

放射能が怖いからしばらくは行かない”

 

と言われる時にはやはり悲しくなってしまいます。

 

また他の理由としては僕がアメリカに渡る前に福島にボランティア活動をしに行ったからです。

 

アメリカに行く前に少しでも日本のことについて知っておこうと思い仲の良い友達と3人で福島県の最も被害の大きかった南相馬市に行ってきました。ちなみにこの場所から車で20分ほどに福島原発研究所があります。中に入ることは関係者のみで未だに情報が閉ざされた場所です。

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行く前の予想としては地震から5年が経ちテレビでも3月11日が近ずけば特集が組まれる程度でだいぶ落ち着いてきていると思っていました。ネットやテレビで見る情報では復興支援が行き届き街は元に戻っていると勝手に思い込んでいました。

 

ですがいざ行ってみたときに僕たちが見た景色は決して思い描いていたようではありませんでした。

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特に僕たちが行った南相馬市は5年がたった今でも地震警戒区域のため住民は住むこと許されず昼間のみ帰ることがゆるされます。

 

街はまっすぐにしか進むことができず警察がいろいろな場所を警備していてバリケードが張り巡らされています。

 

なんでも未だに空いた家に入る泥棒が後を絶たずそれを防ぐためにやっているそう。

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あらゆるところに放射能を帯びたものを集めた大きなトン袋が積み重なっていたのですが処分方法が未定のため放置されていました。

 

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この二つに写っている写真は放射能を帯びたために処分ができず袋をつみかさねています。

衝撃的だったのはこの景色が町のいたるところで見受けられたことです

 

僕たちがしたボランティア活動のメインは空いた家の中にある荷物処分のため外に運びだしたり木を切り倒す作業でした。

 

木を切りたおすのは住民が放射能を浴びた木はいらないため処分をお願いするからのようですが木の見た目には全く違いがわかりません。

 

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また車を走らせると花畑があったことにもびっくりしました。恥ずかしながら僕の勝手な解釈で放射能のせいで草や木がすべて育たない場所になっていると思い込んでいたんですね。

 

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(この写真は津波により流されてしまったトラックがそのまま放置されている状況です。)

 

これらの経験を通して僕が強く感じたことは

 

1、自分の目で見てみないと何もわからない。

2、メディアはすべてを伝えていない。

3、時間が経った今でも助けは必要である。

 

 

と言うことです。テレビやSNSで福島や地震の情報を知ったつもりになっていましたが実際に行ってみると復興は不完全でまだまだ手助けは必要でした。見えない放射能に対して僕は草や花が育たなくなっていると思っていたが実際は美しい花があらゆるところに咲いていました。

 

住民はまだまだ自分の家に住むことができず警察がずっと回っているため平穏な生活をすることができません。

時間が経ってきて人は地震があったことを忘れつつあるように感じました。ですがまだまだ復興支援は必要です。

 

今日で6年を地震から6年を迎えます。この時期になると人々は地震のことを思い出しますができれば毎日でも忘れないようにしておきたいです。

 

今の私の文章能力ではこれぐらいのことしか書けませんがいろいろな方が東日本大震災についての記事を書いています。

それらを読み比べるだけでもいろいろなことを知ることができるのでぜひやってみてください。

 

 

長くなりましたが”何か”を感じてもらえたらと思い記事にしてみました。

それでは。